戦跡ツアー
- 森林生態系保護地域には入林許可を受けたガイドの同行が必要です。
約6時間30分 | |
約8,000円 | |
タオル、雨具、カメラ
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戦跡ツアーは森の中を歩きます。朝食をしっかり食べて備えて下さい。
9:00
履きなれた靴をはいて、集合場所でガイドと合流。
9:10
ガイドの車で奥村地区の海軍墓地へお参り、英霊に敬意を表します。
夜明山の入口に到着。いよいよ山に入ります。
夜明山の中を4時間くらい歩きます。坂あり、ぬかるみありで、くれぐれもガイドの指示に従って行動を! この鬱蒼とした森の中に、果たしてどんな戦跡があるのでしょうか ?
山道を歩くと間もなく「洞窟」の入口発見。ガイドに懐中電灯を借りて入ります。中は湿っぽくてぬかるんでいます。しかしその広さ、長さにびっくり!
穴の幅は5mくらい、高さは4mくらい。ロの字形に繋がっており、全長150mくらいです。
ここは旧海軍通信隊の地下本部跡。この広大な本部跡のトンネルをぐるっと一周します。
本部跡から出て森の中をしばらく歩くと、山の斜面を掘った穴に据え付けられた大砲があります。
山の地形や傾斜をたくみに利用して、いかにも発見されにくい場所に設置されています。
この大砲は旧陸軍の7.5センチ山砲です。
短めの砲身の後ろ側の砲弾装填部から中をのぞくと、らせん状のライフリングを見ることができます。
この大砲は屋外に設置されているので、格好の撮影スポットです。
いかにも人工的に掘られた溝を下りトンネルに入ります。
長めのトンネルの向こう側、出口の明るい方向へ歩いてゆくと、そこにはまたまた大砲が! この大砲の脇を、鉄製の足場を踏んで外に出てみます(足もとにご注意 ! )。
トンネルの出口部を外側から見ると、そこは分厚いコンクリートで固められ、長方形の穴から大砲の長砲身がにょっきり。砲身は父島の東側の初寝浦の海に睨みをきかせています。
そうです、ここは旧海軍のトーチカで、大砲は14センチ広角砲。
迫力充分です。
ここでガイドの説明や、戦後の大砲発見の際のエピソードなどに耳を傾けます。
トーチカへ戻り、トンネルを抜け、再び森の中へ。
そろそろお昼ごはんです。ひと休みしましょう。
そろそろお昼ごはんです。ひと休みしましょう。
それにしても夜明山の森は広い!
兵舎跡、将校集会所跡、炊飯所跡など、ガイドが立ち止まり説明します。
建物跡が残っているところ、それらしい形跡が見受けられるところ、あまり良くわからない所など、さまざまです。
しかし共通して感じるのは「兵隊さんたちはこの山の中で、本当に大変だったんだなあ」ということです。
またまたトンネルに入ります。もうこのくらいになると、トンネルにも慣れっこです。それにしてもここも長い。このトンネルの出口側もトーチカです。先ほどのトーチカとは反対側、父島の西側の扇浦に向いています。備え付けられている大砲は旧陸軍の88式7センチ野戦高射砲です。
さっきの海軍14センチ砲とこの大砲を見学して感じたこと。それは、ここ夜明山は父島の東側と西側を一望できる要衝である、と言うこと。
この奥深い山が要塞化されたことは必然だったのですね。
大砲を写真に収めたら今来た道を逆戻りします。
トンネルから出て、森の中の施設跡の説明を受けながら、朝、車を降りた場所に戻ります。
これで夜明山の戦跡めぐりは終了です。お疲れ様でした。
残りの時間によって、旧海軍通信隊の本部建物跡(最初のトンネルの本部は、戦局によりここから移転したもの)を見学したり、島の東側の境浦に残る輸送船 濱江丸の残がいを展望台から眺めたりします。
ちなみに濱江丸は、1944年6月に米潜水艦の雷撃を受け損傷、境浦の浅瀬までたどり着き着底したものです。
15:30
解散場所に到着。
一日、お疲れさまでした。
今日の平和な父島の街並が眩しく見えます。